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戦争の痕【2】

2008.06.24 *Tue
 
 訪れた一角で安静にしているはずの子分。

 その座席からはキラキラとした弦の音が毀れていた。

 怪我人は、戦争前夜に贈られた新しいチェロの調律に余念がない。

「星司、怪我は大丈夫?」

「プールに行けるくらいには大丈夫だから、見舞いは要らないよ」

 いつから気配に気付いていたのか、驚く気配すらなく

 どころか、機先を制し保身に走る

 重傷の身でエルの手料理なぞ供された日には、確実に逝けるから。

「あ、残念。今日はプリン買ってきたのに」

「エルが作ったんじゃなければありがたくもらうかな」

「バケツプリンでも食べてなっ!」

 プリンを投げつけ舌を出すエルに、容易くプリンを受け取った星司は小さく笑う。

「あと……えと、その…色々ありがと」

 しかし、蚊の鳴くような声で呟かれた言葉には怪訝な色を浮かべた。

「…熱でもあるのか?」

「無いよ、失礼なっ!!ちょっと言ってみただけ!!」

「ないなら、解ってるよな?その言葉を言うにはまだ早いって」

 吐かれた台詞に言葉をつまらせて、流れゆく車窓に視線を転じた。

 視線を転じただけで、瞳は森や月光、深く美しい景色など認識していない。

 現実から目を背けているだけなのだから、当然だ。

「でも……だって、勇気でないし」

「死ぬ気になるより簡単だろ?ほら、行ってこい」

 両足でチェロを支えると、プリンを窓辺に置いた。

 漏れた呻き──普段どおりに振舞おうとも、傷は身体の芯まで蝕んでいる。

「………」

「プリンの借りもあるし、玉砕したら慰めてやるから。な?」

 それでも、子分だと言い張る後輩を案じて。

 幼子に言い含めるような言葉と、追い払う手。

「そんなの覚悟の上だよっ。ボクのことより自分の心配でもしなよ怪我人、おやすみっ!」

 伝わる優しさに意地を張ってみせる、その本音もきっと互いに全部筒抜け。

 銀色の安っぽいスプーンを握り締めたまま踵を返したエルは、数歩進み

 引き返してスプーンを押し付けると、舌を出して駆け出した。

「何が貸しで何が借りなんだか…もう解らないな」

 去り行く背中に呟いた星司は、スプーンをプリンに添えて微笑んだ。

 やがて、再びチェロの音が子守唄のように静かに溢れた──…
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