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深夜の来訪

2008.07.26 *Sat
 
「──ッ!!」
 また、飛び起きた。あの夢を見るのは、もう何度目だろう。
 一言一句、同じ夢。夢の結末も同じで、起きた後に襲われる猛烈な胃痛と嘔吐感も同じ。
「う………っ」
 ただひとつ、今日に限って違っていたのは──ほんの一瞬、願い続けた声に呼ばれた気がしたこと。
 それもきっと悪夢の名残。自嘲気味に脂汗を拭うエルの耳に、呼び鈴を連打する音が飛び込んできた。

 ──こんな時間に、お客さんが?

 ──こんな姿を誰かに見られるなんて、絶対に嫌。

 ──でも、隣近所の非常事態だったら……

「……どなた、ですか…」
 髪と寝巻きの乱れだけ手早く直し、逡巡しつつ鍵を開けて薄く隙間を作ると──次の瞬間、扉は引き剥がすような勢いで外へと開かれた。
 そこにあったのは、誰よりもココにいる可能性の低い人の姿
 そして、今、誰よりもココにいてほしくなかった人の姿。
 けれど、本当は誰よりもココにいてほしかった人の姿。
 思わず硬直した部屋主の傍らをすり抜け、問答無用でその人物は部屋へと押し入る。
「琥……先輩?な、なんで……」
 呆然と、その広い背中を見つめる。手にしていた買い物袋から食材を取り出して──
「せ、先輩……」
 あまりに当然のように調理を始めた客人におろおろするばかりのエル。その身体が、不意に宙へ浮かんだ。否、担ぎ上げられたのだ。そしてベッドへと座らされ、ずいぶん長いこと交わらなかった視線が、正面から交わされる。
 そして黙って寝ているようにと告げた客人は、調理を再開した。
 横になることも忘れその姿を見つめるエルは、これも夢の続きだろうかと何度も目を瞬き、漂う香りに首を傾げる。それが現実であることを教えるかのように、やがて手渡された茶碗は、そこによそわれた卵粥の熱を伝えた。
 暖かさと香りと心遣いに嬉しくなり、反面、貫かれる無言の空間に言い知れぬ寂しさと悲しさを覚えながら、それでも本心からの礼を述べる。匙にすくった少量に息を吹きかけ、そっと口に運ぶと──柔らかな味が、口内に広がった。
 その味が、何だか彼の優しさのようで、箸が進む。荒れ狂い不快感を叫んでいた胃が口を噤むと、しっかりと監視している彼につい要らぬ言葉を発してしまい──しっかり食べる、と注意された。言葉の端から心配や怒りが伝わって、なんだかそれすらも嬉しくて、思わず涙が滲むほどにも嬉しくて、心が弾んだ。
 けれど、夢の続きのひと時は──卵粥と共に、終わりを告げた。
「じゃあ、後は安静にして寝てるっす」
 食べ終わったことを確認するとすぐに立ち上がってしまった彼へ、慌てて、風邪ではないのだと告げても……体の疲れは取らなければ駄目だと諭されて、口を噤む。もっとココにいて欲しい、なんて、最低でも体調が回復しなければ口にしても呆れられるだけ。下手をすれば蔑視されてしまいそうだ。
 声をかけることもできず、沈黙が部屋を心を闇のように浸食していく。徐々に片付くキッチンは、幕引きへのカウントダウンだった。
 けれど、どうしても──どうしても1つだけ聞きたくて、再び部屋に下り始めた気まずさの幕に抗い、口を開いた。
「……ボク…じゃなかった、あたしのこと嫌いじゃないの…?」
 こんな夜更けに、こんな気遣い。
 それが一縷の望みに見えても、今回ばかりは非はあるまい。
 けれど、返答は変わらぬ冷たき現実。

「好きとか嫌いとか、そんなのの前に、同じ結社の、学園の仲間っすから」

 勝手に黙示録で倒れられちゃ困るんで、と付け加えられて。つきん、と胸に針が突き刺さった。
 そんなエルに視線も言葉も送らぬまま、別れの挨拶は背で語り、彼は部屋を後にした。

 もう一度、開かないだろうかと──閉じた扉をじっと見つめても、そんな奇跡は起こりはしない。
 徐々に冷めゆく空気とともに、夢に囚われ熱に浮かされていた思考も冷静さを取り戻していく。
 もうずっと、彼はエルを直視していない……つまり、彼女の異変に彼自身が気付くはずはないのだ。
 恐らく、目聡い兄弟のどちらかが、あるいはこもれび荘に出入りする誰かが伝えたに違いない。
 そして、背に腹は変えられず彼は訪れたのだろう──次の黙示録のために。嫌いだと言い切らなかったのも、ひょっとしたら黙示録のためかもしれない。
 開かぬ扉に鍵を掛け、縋るように凭れた……まるで、扉が彼の背中であるかのように。
「…駄目だよ、先輩………こんなこと、されたら…離れられない……」
 離れようと、思っていた。それがお互いの平穏のためなら、と。共に所属する結社からも、いやそれ以外の結社すらも、退団する、つもりだったのだ。
 黙示録のためかもしれないけれど、それでも訪れてくれたのは事実で、心配してくれたのもきっと気のせいではない。そんな優しさを見せられたら、どうして諦めることができるだろう。
 そして、何より……彼が、触れてくれたのだ。そんなことは、もう、何ヶ月ぶりなのかもわからない。いや、遠い昔にもなかったかもしれない。
 もてあました心を押し隠すように目を閉じると、伏せた睫を涙が伝った。
「……諦め、られなくなるよ……先輩…」
 全てに距離を置いたなら、そっと手放そうと思っていた想い。
 蓋をされかけた想いが溢れるように、とめどなく、涙が流れていた。

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